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大切な時間

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2005/09/18

docu0014夏の終わり
それは、秋の始まり。

何かが終わるとき、次の時間が始まります。
だけど、終わったからと言って何も無くなったわけではありません。

稲は、次の時間に育つもののために
姿を変えて息づいています。

何一つ失ったわけではなく、ただ、そこに存在しています。
それを知っているから、

だから、ね。

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写真」カテゴリの記事

コメント

そう思います。

何かが終わることは、何かを失うことにとても似ているけれど。
やっぱり何かはそこに残っていて、それが重要であったりするような気がします。
そして、何も失ってはいない、と信じられることこそがその人にとってとても重要であるのかもしれません。

長く生きていくうえで私たちは得るものこそあれ、何も失ったりはしていない、と信じたい。

kei

こんばんは kei さん。
やさしいコメントをありがとうございます。

今まで過ごしてきた時間の記憶は、自分の明日を照らす鏡のような存在になるはず。
何も失ってなんかいないはずだし、失いたくないですよね。

そして、失ってはいないと信じる事で人は生きていけるのかもしれません。

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