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2006/09/13

チェーンリアクション

食事動作に関する思いつきです。

食事の動作って、何らかの理由、お腹すいたとか何か食べなきゃといった動機付けがあって、食べ物が目の前に出されてから起こる一連の動きの連結ですよね。

目で食べ物を見てから、上肢と上部体幹・頭部の要素的な運動のパターンが引き起こされ、それに伴って次の動作が誘発されていく。それが次々と繰り返されて飲み込むに至る。それをさらに何度も繰り返していく。かなり自動化された動作、運動の繰り返しになるわけです。

このとき、脳の障害でボディーイメージが崩れていると、自己の空間的な位置関係を直感的に理解できないわけですから、運動のつながりが途切れちゃうわけですよね。
例えば、食べ物をスプーンに入れる動作の中で、このくらいと思って手を伸ばしたら目測がうまくとれずに調整が必要になる。すると、「あれ?どうすれば良かったんだっけ?」と動きが滞るわけです。あるいは、口に入れようとしたら思いの外奥までスプーンが入ってしまったりして「えーっと、どうすれば・・・」みたいに。

すると食事動作の本来かなり自動的な運動要素一つ一つに随意的な思考が必要となったりする。
咀嚼や食塊形成、送り込みなど口の中の動きも一つ一つ。

そうすると、熟練されたはずの動きは外から見たら非常に稚拙なものになっていくはずです。

それがいわゆる口腔顔面失行とか失認とかいわれているものや誤嚥の原因の一つであるような気がします。

ある動作から次の動作が誘発されない理由が何処にあるのかを評価していくと、意外に治療上の突破口が見えてくるのかもしれません。

ついでに、失行とか失認とか高次機能障害といわれているものっていうのは、脳の損傷によって一定の動作がしにくくなったときに、また、運動や動作を学習できれば脳の機能として改善していくわけですが、学習しようとしても学習できないから失行とか失認とかいう障害名がついてしまうわけです。
高次脳機能障害全般を否定するわけではありませんが、ある動作の学習を円滑に進めるためには、きちんとしたボディーイメージをつくり、そこから運動の感覚を入れていくことは必須です。

高次脳機能障害にとらわれすぎると、なぜ学習できにくいのかといった基礎的な身体状況が置き去りになりがちであるように思います。その点について注意が必要だと思います。

あー、今度、職能団体の中で勤めている職場の人が発表することになったので、思いつきを忘れないうちに・・・

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仕事」カテゴリの記事

コメント

ちょっと違うんですが、
食事動作って当たり前のようにしているからわからないんですが
こうして流れを書き出してみるとほほぅ・・・ですよね。
あと数十年して老後になったら思考~行動もままならない
そんな自分を想像すると怖くなってしまうのですが
今動けるだけ動けて、反射神経も敏捷性もまずまず
これって、これだけでも幸せなことなのかもしれませんよね
悩みの後が故にそうふっと思いましたね(^^♪

>偏遊人さん
おぉ、時折入れるこんなメモのような所にもコメントをありがとうございます。
人の動きってよく見てると面白いんですよ。
食べ方もそうだし、歩き方や一つ一つの仕草も個性があります。
何でそうなんだろうと考えながら見てるととても面白いです。

はじめまして、くまおと申します。高次脳で検索して辿りつきました。
私の主人が高次脳機能障害と診断され、現在リハビリ通院中です。

さんぱつやさんの「障害受容という言葉が大嫌い」にたいへん共感致しました。
私は「高次脳機能障害という言葉が大嫌い」ですw
高次脳機能障害が治る=(イコール)病識がないと判断されがちなので・・・・

さんぱつやさんのブログおもしろいですね。写真も見ていると、とても癒されます。
ちにみに「こちら側へようこそ」はキリンですね!フフフ・・・

>くまおさん
いらっしゃいませ。
ご主人、大変ですね。第三者だから無責任なことしかいえませんが、生活のバランスを取りながら諦めないことが大切だと思っています。
脳は、何らかの変化を起こす臓器です。
少しでもいい変化が起きてくると良いですね。
キリン、よくわかりましたね。
このブログには、僕の好きなフレーズや曲、小説の題名などがちりばめてあります。
説明もあったり無かったり。
ゆっくり楽しんでいただけたら嬉しいです。

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私がなぜ ブログを始めようと思ったか考えた なんとなく高次脳に対して違和感があったので 普段言えない分をここで吐き出そうという軽い気持ちと 日記がわりの自己満足的なものだったように思う ところが観にきてくれる人がいると分かったら 高次脳以外の日常の出来事ばかり書いてもいられない 私はブログを始めた事を誰にも話していない 友達と遊んでる時 毎日メールしてる時 うっかり話題にしてしまいたくなり 「ンガッ グッグ... [続きを読む]

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