最近のトラックバック

無料ブログはココログ

大切な時間

  • ほとんど誰も
    一緒に歩いた道

« ぼくは、 | トップページ | 久しぶりのグライダー »

2007/10/05

葡萄は酸っぱいか?

腹の立つ記事を読んでしまいました。

リハビリについての記事です。

「障害があっても暮らしているまちづくりこそがリハビリテーション。機能回復訓練はそのごく一部でしかない」。
との発言が掲載されています。

確かにそうかもしれません。まちづくりが重要である事に対して否定はしません。

だけど、こういう発言をする人は、機能回復に対する知識と技術を十分に持っている方でしょうか?

それを持っている人がこの発言をするのであれば、この言葉にも重みがあるでしょう。

しかし、何も学ぶことができなかった人や、何も学ぶことをしようとしない人は、このような発言を良くされます。小さな部分だから、まなぶ価値さえ無いかのように。
この発言をした人も、何度かお話をしたことがあるのですが・・・

あなたのみた葡萄(機能回復への治療に対する挑戦)は、食べられることもなく酸っぱいと決めつけられ、公的なメディアに載ってしまいました。
リハビリテーション医療の「一部」でさえ学び取ろうとしない人に、全体を語ることが許されるのでしょうか?

彼は、この罪の重さに気づいてくれるのでしょうか?

彼に問いたい。

あなたが酸っぱいといった葡萄。

あなたは、本当にそれを口にしたことがあるのか?

« ぼくは、 | トップページ | 久しぶりのグライダー »

仕事」カテゴリの記事

コメント

なんかキツネが主役の「葡萄が酸っぱい」という
寓話が昔あったような・・・

発言力とそれなりの地位立場の人の言うセリフは重みがあります
なのでなるべくキチンと調べて見た上で発言すべきでしょうね

今日ちょっと似たようなミスをやらかして大いに反省してます^^;

「今まで正しかったものが今も正しいとは限らない」でした。

>偏遊人さん
狐の寓話、そうです。
どうしても食べたいけどとることのできなかった葡萄を、「あの葡萄は酸っぱい」といって決めつけてしまう話ですよね。
食べたいのに採れないというストレスから心を解放するために、一見正当な理由付けをすることを、合理化といったりします。
本人が気づいていないとやっかいです。
狐が食べたと思っている周囲の人は、信じるでしょうからね。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 葡萄は酸っぱいか?:

« ぼくは、 | トップページ | 久しぶりのグライダー »