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大切な時間

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2008/01/10

悲しみの

あさ、病棟から電話があった。

担当していた2ヶ月足らずの赤ちゃんの母親が会いたがっていると。

病室に行ってみると、無言で動かなくなった孫を抱くおばあちゃんと、泣いている母親がいた。

母親は、

「最後に先生にも抱いて欲しいと思って」と

おばあちゃんが、動かなくなった孫をそっと僕に差し出してくる。

できるだけ大切に、ゆっくりと受けとる。

右腕に小さな頭がそっと重さを預けてくる。

まるで寝ているかのような顔は、まぶたがほんの少し開いていたけど、その眼は決して動くことはなかった。

小さな体はまだ温かかったが、それはきっと、ずっと家族が抱いていたからだろう。

この子は、年末、頑張って動いていたのだという。母親が、そのがんばり具合を今度報告しようと思っていたのだと泣きながらはなす。

同じような子供たちが、この子のぶんも元気になるように頑張ってくださいという。

僕は、この小さくて短かった”生”に、きちんと役立てたであろうか?
間違いなくできていたか?
充分に必要なことをしてきたのか?
わずかな間であっても、この子と母親が幸せな時間を感じることができるお手伝いはできていたのか?

小さな顔をのぞき込みながら色々な思いが駆けめぐる。

僕の腕の中には、深い悲しみの重さがあった。

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