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2008/07/09

ちょっとした怪我

  左手の手根骨、小菱形骨の骨折をしてしまった。

そもそも、靱帯が強固に安定させているところでもあり、骨折から思い浮かべるような痛みはない。

腫れが出ていることと、手関節の屈曲時にはさすがにいたくて力が入らなくなるのがちょっと問題だろうか。整形外科の医師からは固定すると仕事がしにくくなるだろうからこのまま行こうかといわれたので、動かしても転移が起きそうな部分ではないという判断で良いのだろう。

現状では炎症を起こしているため微熱が全身症状として出ているので、仕事は有休を頂いている。

で、面白いことに少し気がついた。

仕事場で浮腫を起こしている手を見ると浮腫を引かせるようにアプローチするのが関節の可動性を上げるための早道だと思っていたのだけれど、自分の手の浮腫を今徹底してひかせようという気がしないのだ。

何故かはだいたい理解できている。

骨折して痛みが出る。で、手が使いにくくなるのだけれど、浮腫が強くなる経過の中で手の使用時の痛みが減弱した時間があったからだろう。

僕の手の感じでは、手の限られたコンパートメントの中で浮腫が起こってくると、その内圧によって小さな骨の骨折による異常な可動性が押さえ込まれているような感じなのだ。で、多少の動きではあまり痛くなくなる。当然、その範囲を超して動かすと皮膚の突っ張りや動きに対する関節のアライメントの異常が出て、より痛くなるのだが、動く範囲での痛みは減る。そんな感じだ。

だからといって浮腫を長期的にほっておくと循環の異常や筋、神経、血管系への圧迫などから他の弊害が出てくることは容易に想像できる。

で、今していることは、浮腫の減弱のコントロール。

浮腫でぱんぱんになっている手は動きが乏しくて利用できない。

浮腫を必要以上に減らすと関節がルーズになって痛みが増強しそうだ。

で、その合間の状態を維持して動きを出していく。

すると、腫れていても意外に使える状態になる。

いってみれば関節の痛みを減弱させるための自律的な固定方法としての浮腫という考え方。

臨床的に使えるかどうかといわれると、RSDなど他のファクターが入ってくる場合なども多そうだし、何よりも自分の体のように相手の動きと動いたときの感覚を理解しないといけなくなることを考えればなかなか難しそうではあるけれど・・・

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写真は関係ないけど、文字だけだと寂しそうだから・・・(^^;

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