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大切な時間

  • ほとんど誰も
    一緒に歩いた道

2016/09/29

支える

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何のために
君は世界を支えているのだろうね

2016/08/17

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車で一人で山道を登っていた。
山道は細く、時折崩れていた。その中を車を降りたり、時折車を押したりしながらなんとか上った。
下りはさらに困難だった。
なんとか下に降りたとき、海岸で車を降り、ふと頂上に何か忘れてきたことを思い出した。
何を忘れたのかはなかなか思い出せない。

もう登るのは嫌だと思った。

近くにいる知り合いに、登ってとってきてくれるように頼んだ。
何か、僕にとって大切なものだったのかもしれない。

寒くなってきた。
雪がちらつく。

少しだけ、晴れ間が見える。

そんな中、雪で出来た花火が上がった。
雪が広がりとても美しかった。

なんだか複雑な思いで、美しいその花火の光景を、水際から見ていた。

右を見ると崩れかけた山があった。

そこで目が覚めた。

午前4時。

辺りは暗く、山も花火を見えなかった。

2016/07/28

訃報

2016/07/26

先生

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さようなら

2016/07/08

いつの頃からだろうね。

声を出して涙を流せなくなったのは。

2016/03/12

ライディングシューズ

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ずいぶん昔だ。もう、20年ぐらいは前のことだろう。
気の合う仲間で鈴鹿の8時間耐久を見に行った。
解放されたカートコースにテントを張り、そこで何泊かした。
台風がやってきて、慌ててテントをたたんだ。たたむことが遅れたテントが宙に舞っていた。
風も落ち着き、再度テントを張り寝た。
朝には飲み物がなく、乾いた喉を癒すために夜の宴で残ったウイスキーを飲みながら朝食のパンをかじった。
サーキットのショップで見つけたライディングブーツ。
ELFのショート。
あれから何度か転倒した。それでも足だけはこいつが守ってくれていた。

さすがに、もう終わり。ソールも剥げて水も染み込むようになった。

そして、もう僕はバイクに乗らなくなった。

いずれ乗ってやりたいと思いつつ、その機会はもうないかもしれない。

ともかく、このシューズはもう使い物にならない。

考えてみれば、よく頑張ってくれた。
買った時で確か27000程度だったと思う。
充分働いてくれたさ。

想い出は記憶の中に置いておくよ。

じゃぁ。


2016/01/24

神狩り

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神はいないと。
ニーチェ、フロイト、アインシュタイン、 ガンディ、パスカル、多くの知の巨人が指摘している。

では神とは何か。

結局のところ、都合のよい道徳教育でしかないのであろうと思う。

しかし、都合が良かろうが悪かろうが、一定の指針、「道徳」は必要だろう。


お前等に神はいるのかと問いたい人間たちがいる。

2012/08/05

読書(kobo)

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koboを手に入れた。
アクティベートも何度か繰り返していたら、うまくいった。
巷で噂されるような不具合はあまり感じなかった。

モニターは素晴らしい。
iPadやiPhoneで、あるいはパソコンのモニターで小説などの活字を読む。それはそれで便利だが、何か読みにくい感じがしていた。紙のほうがなにか読みやすい。

が、koboは楽だ。
紙を見ているような感じだ。
何が違うかはよくわからないが、バックライトがなくて目が疲れないのも一因かもしれない。
何より、光が強く当たっているほど、読みやすいというふつうのコトがとてもおもしろい。
iPadは光が当たるととたんに見えにくいからだ。

太陽のもとでも、本が読めるという普通の事が楽しめるのはとてもいい。

ただ、本が少ないのがまだ致命的。
山田正紀の以前の作品がどうしても読みたいのだが、山田正紀など検索しても作家が出てこない。ということは、作品がまだショップに準備していないのだろう。

もっとたくさんの小説が選べるといいなぁと思う。

ま、本屋さんにいっても、結局面白そうなものを選んで買って読んでみるという流れは同じで、そういった点では新しい作家や本との出会いがあるので、それはそれで面白いけれど。

今後に期待。

2012/06/03

FAMOUS MICROPHONE

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もともと、月光の時代から注目はしていたのだけれど、色々あったようで見ているとまさに迷走をしているかのような印象のある鬼束ちひろ。
久しぶりのアルバムは、カバー集。
相変わらず歌はうまいと思う。
Scarborough Fair 、Time After Time 、Country Roads、アルバム名にもあるように有名な曲がカバーされていて聞いていて安心感もある。

歌詞カードのはじめに、サブカルチャーが流行りとされている中で王道をいくといった内容のことが書いてあるけど、それは難しいことのように思う。それはなぜか?

一つに流行を追わないということは、自分のスタイルを追求するということ。それは、決して簡単なことではないだろう。
一つは、王道と言われる道は多くの場合少数派により存続させられているということ。大多数は流行(サブカルチャ−)に走るわけだから流行以外の側面に対しては少数派しか残らない。

だけど、それでいじゃないか。
流行を追いかけては自分のスタイルにはならない。
支えるものがなくなれば道は失われる。

Scarborough Fairは、優しく、さみしげに歌い上げられていた。

2012/03/11

一年という”時”

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あれから、1年が経過した。
未だ、福島原発の影響が色濃く残っている。
冷却するために使われた汚染水、地震や津波で生じたおびただしいゴミは放射線を浴びて放射性廃棄物となった。
放射線も封じ込められているわけではない。
結局今も何も解決してない。

今生まれてくる子供たちのために、大人たちは放射線を恐れ、子供たちは共存する生活を余儀なくされるだろう。

いま、渡しができるのは次の世代、その次の世代ぐらいに何か解決していればいいと願うぐらい。

結局何も解決していないのだ。

いまの経済だけを考えず。
将来の子供たちのために、いま、どういった道を歩んでいくべきかを問わなければならない。

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